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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)7784号 判決 1970年9月22日

原告 渡辺富雄

右訴訟代理人弁護士 山本政敏

被告 塩入チエ

被告 塩入槇子

主文

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告訴訟代理人は、「被告塩入チエは金三六万六六六〇円、被告塩入槇子は金七三万三三三〇円とそれぞれに対する昭和四二年一月一日から完済まで年六分の割合による金員を原告に対し支払え。訴訟費用は被告両名の負担とする。」

との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告両名は、主文同旨の判決を求めた。

第二、原告訴訟代理人は、請求の原因として、つぎのとおり述べた。

一、原告は、訴外長坂清蔵に対し、昭和四一年一二月三一日現在、売掛代金一五五万余円の債権を有していたところ、右同日に両者間で、右金員のうち五万余円につき債務免除するとともに、残額一五〇万円につき次項記載の家屋の立退料を受領した際、右立退料をもってこれを返済すると定めて、これを貸金に改める旨の契約を結んだ。

二、長坂清蔵は、被告らの被相続人訴外塩入猛茂から、東京都世田谷区桜ケ丘二丁目二九八六番地所在木造瓦葺二階建家屋を賃借していたところ、昭和四二年五月二九日、両者間において次の事項を内容とする契約が成立した。

1、前記家屋の賃貸借を同日限り合意解約する。

2、塩入猛茂は長坂清蔵に対し立退料として金一五〇万円をつぎの方法で支払う。

(一) 長坂清蔵が訴外八千代信用金庫に対して負担する金三〇万円の債務を同日右金庫の承諾の下に塩入猛茂が免責的に引き受けることとし、これをもって三〇万円の支払に代えた。

(二) 昭和四二年五月三一日限り、五〇万円を支払う。

(三) 昭和四二年六月四日限り、賃借家屋の返還と引換に、七〇万円を支払う。

三、しかるに長坂清蔵は、原告に対する前記一五〇万円の貸金債務のうち、四〇万円を返還したのみで、残額一一〇万円は前記返済期限を経過するも返済しないので、原告は昭和四二年五月三一日右を被保全債権として長坂清蔵の塩入猛茂に対する前記立退料債権のうち一二〇万円につき仮差押申請をなし、翌六月一日仮差押命令を得、右命令は同月二日塩入猛茂に送達された。

四、そして、原告は、長坂清蔵に対する東京地方裁判所昭和四二年(ワ)第九四七六号貸金返還請求事件の執行力ある判決正本にもとづき、昭和四三年三月六日、長坂清蔵の塩入猛茂に対する前記立退料債権のうち一一七万七〇〇〇円について差押取立命令を得、右命令は昭和四三年三月八日塩入猛茂に送達された。

五、原告は、前記取立権にもとづき、塩入猛茂に対し、前記請求債権金一一〇万円ならびにこれに対する昭和四二年一月一日から完済まで年六分の割合による金員の支払を求める請求権を有する。

六、塩入猛茂は、昭和四三年八月二七日死亡し、被告塩入チエおよび被告塩入槇子がその相続人となった。その相続分は、チエ三分の一、槇子三分の二である。

七、よって、原告は、被告塩入チエに対し、一一〇万円の三分の一の金三六万六六六〇円ならびにこれに対する昭和四二年一月一日から完済まで年六分の割合による金員の支払を求め、被告塩入槇子に対し、一一〇万円の三分の二の金七三万三三三〇円ならびにこれに対する昭和四二年一月一日から完済まで年六分の割合による金員の支払を求める。

第三  被告らは、請求原因に対する答弁として左のとおり述べた。

被告らは、請求原因第一項の事実は不知、同第二項の事実は認める、同第三項中、仮差押命令が昭和四二年六月二日塩入猛茂に送達されたことを争う、同第四項中、原告主張の差押取立命令が原告主張の日に塩入猛茂に送達されたことは認めるが、その原因は争う、同第五項の事実は否認する、同第六項の事実は認める。

第四  被告らは、抗弁として、つぎのとおり述べた。

塩入猛茂は、長坂清蔵に対し、本件立退料債務の弁済として、昭和四二年五月二七日に三〇万円、同月三一日に五〇万円と七〇万円を各支払った。よって右債務は、本件仮差押命令が塩入猛茂に送達される前にすでに消滅していた。

第五  原告訴訟代理人は、抗弁事実は全部否認すると述べた。

第六  証拠<省略>。

理由

一、長坂清蔵は、塩入猛茂から原告主張の家屋を賃借していたところ、昭和四二年五月二九日、両者間において、右賃貸借を同日限り合意解約し、塩入猛茂は長坂清蔵に対し立退料として金一五〇万円を原告主張の方法で支払う旨の契約が成立した事実は、当事者間に争いがない。

二、<証拠>によれば、東京地方裁判所は、原告の申請にもとづき、昭和四二年六月一日、長坂清蔵の塩入猛茂に対する前記立退料債権のうち昭和四二年五月三一日支払分五〇万円および同年六月四日支払分七〇万円合計一二〇万円につき仮差押命令を発し、右命令は昭和四二年六月二日塩入猛茂に送達された事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三、<証拠>によれば、東京地方裁判所は、原告の申請により原告主張の同庁昭和四二年(ワ)第九四七六号事件の執行力ある正本にもとづき、昭和四三年三月六日、長坂清蔵が塩入猛茂に対して有する前記家屋の賃借権譲渡代金債権一五〇万円のうち一一七万七〇〇〇円について債権差押および取立命令を発し、右命令は同月八日塩入猛茂に送達された事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

四、そこで、被告らの抗弁について判断する。

1、<証拠>によれば、塩入猛茂は、昭和四二年五月二七日、訴外八千代信用金庫の承諾を得て、同金庫に対し長坂清蔵が負担していた債務三〇万円の免責的引受をなし、これをもって本件立退料一五〇万円のうち三〇万円の支払に代えた事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2、つぎに、<証拠>によれば、長坂清蔵は、昭和四二年五月三一日昼頃、塩入猛茂方において、本件立退料の一部として、金五〇万円を被告塩入チエから交付をうけ、そのうち四〇万円を同席していた渡辺義一が原告に代って受領した事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3、さらに、<証拠>によれば、訴外杉原光政は、右同日の夕刻、長坂清蔵の代理人である同人の娘と同道して再び塩入猛茂方に赴き、同年六月四日家屋返還と引替に支払う約束であった立退料未払分七〇万円を即時支払ってほしい旨懇請したところ、塩入猛茂は、本件家屋の滞納賃料、原状回復費用等として一六万五〇〇〇円を右七〇万円から控除した残額五三万五〇〇〇円を杉原光政らに交付したこと、そして、即夜長坂清蔵と塩入猛茂は、同道して、長坂清蔵がかねて貸金債務を負担しその担保として前記賃貸借の契約証書をさし入れていた訴外棚網堅一方に赴いたか夜中のため面接できず、右両名は翌六月一日朝再び同訴外人を訪ね前記五三万五〇〇〇円の一部をもって右債務を弁済し、前記契約証書の返還をうけたことを認めることができる。そうすると、塩入猛茂は、昭和四二年五月三一日夜前記立退料一五〇万円の支払を了したことを認めることができる。

それに、前記立退料支払契約では、前記最後の支払分七〇万円は昭和四二年六月四日限り賃借家屋の返還と引替に支払うというのであるが、塩入猛茂が右同時履行の抗弁権と期限の利益を放棄して前示認定の支払をしたことは、前記仮差押命令が同人に対し送達される以前である以上、直ちに原告に対抗できない弁済とみることはできず、このことは仮りに甲第三号証が真正に成立したもので、同証記載の弁済契約の締結が認められるとしても同様である。

五、従って、長坂清蔵の塩入猛茂に対する本件立退料債権は、前記債権仮差押命令が昭和四二年六月二日塩入猛茂に送達された時点では既に消滅していたことが明らかであるから、本件仮差押命令はその効力を生ずるに由なく、従って本件差押取立命令もその効力を生ずるに由ないものといわなければならぬ。よって原告の被告両名に対する本件請求は、原告のその余の主張について判断するまでもなく理由のないことが明かであるから、失当としていずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

なお、原告訴訟代理人は、昭和四五年八月一八日午前一〇時の本件最終口頭弁論期日において同日付証拠申出書をさしだし、証人棚網堅一の再申請をしたが、同証人は前回期日に原告申請証人として原告代理人と裁判官が尋問し、ことにその金員受領の日時については詳細な尋問がくり返えされた。しかるに、原告訴訟代理人は、右受領日時とその関連事項について再尋問を求め、その日時が昭和四二年五月一日であるとの証言をえんとするもののようであるが、さきの尋問においてその点の証言を逸したものとすれば、特別の事由がない限り重大な過失があったものというべく、その結果の前記再尋問申請は時機に遅れて提出した攻撃方法であり、しかも、その再喚問のためにさらに新期日を指定する必要があるので、本件においてはその訴訟完結を遅延せしめるものと認められ、職権をもって右申請を却下する。

(裁判官 西岡悌次)

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